Last Updated on 2024年11月5日 by mhci
聴覚に障がいのある子どもたちにとって、社会性の発達は大きな課題の一つです。コミュニケーションの困難さから、他者との関わりが限定的になりがちだからです。
しかし、社会性は子どもの健やかな成長に欠かせない能力。友だちとの遊びを通して、協調性やルールの理解、感情のコントロールなどを学んでいきます。
私は特別支援学校の教員として、聴覚障がい児の発達支援に長年携わってきました。その経験から、遊びが社会性の発達に大きな役割を果たすことを実感しています。
本稿では、聴覚障がい児の社会性発達の特徴を踏まえた上で、それを促すための遊びについて考えていきます。具体的な遊びの事例も交えながら、保護者や支援者の方々に実践的なヒントをお伝えできればと思います。
目次
聴覚障がい児の社会性発達の特徴
聴覚障がいが社会性発達に与える影響
聴覚は、私たちがコミュニケーションを取る上で欠かせない感覚です。聴覚に障がいがあると、他者の言葉を聞き取ったり、自分の思いを言葉で伝えたりすることが難しくなります。
その結果、聴覚障がい児は、周囲の子どもたちとのやりとりが少なくなる傾向にあります。遊びに誘われても、ルールが理解できずに参加をためらったり、自分の気持ちを上手く伝えられずにトラブルになったりすることもあります。
こうした経験の積み重ねが、社会性の発達に影響を及ぼすのです。言葉によるコミュニケーションの機会が限られることで、他者の気持ちを読み取る力や、自分の感情を調整する力が十分に育ちにくくなってしまうのです。
社会性発達を支える要因
とはいえ、聴覚障がい児の社会性発達は、聴覚の状態だけで決まるわけではありません。適切な支援があれば、健聴児と同様に社会性を身につけていくことができるのです。
では、聴覚障がい児の社会性発達を支える要因とは何でしょうか。私が特に重要だと考えるのは、以下の3点です。
- コミュニケーション手段の保障
- 手話や補聴器、人工内耳など、子どもに合ったコミュニケーション手段を用意する。
- 子どもが自分の思いを表現し、他者と関わるための基盤を作る。
- 聴覚障がいについての理解
- 子ども自身が自分の障がいを理解し、受け入れられるよう支援する。
- 周囲の子どもたちにも聴覚障がいについて知ってもらい、互いを尊重し合える関係を作る。
- 成功体験の積み重ね
- 他者との関わりの中で、うまくいった経験を積み重ねられるようにする。
- 小さな成功体験の積み重ねが、自信につながり、社会性の発達を促す。
こうした要因を踏まえながら、遊びを通した支援を行っていくことが大切だと考えています。
社会性を育む遊びの重要性
遊びを通した社会性の学習
子どもたちは遊びの中で、社会性に必要な多くのスキルを学んでいきます。
例えば、ルールのある遊びでは、みんなで決めたルールを守ることの大切さを知ります。負けた時の悔しさをこらえ、次は頑張ろうと前を向く経験も、感情のコントロールにつながります。
また、役割遊びでは、他者の気持ちを想像する力が育まれます。友だちが演じる役になりきって考えることで、相手の立場に立って物事を見る力が養われるのです。
このように、遊びには社会性を高める要素がたくさん詰まっています。聴覚障がい児の場合、言葉だけでは学びにくいスキルも、遊びを通して自然と身につけていくことができるのです。
聴覚障がい児に適した遊びの選択
では、聴覚障がい児の社会性発達を促すには、どのような遊びが適しているのでしょうか。
まず大切なのは、子どもの興味・関心に合った遊びを選ぶことです。面白そうだと思えない遊びでは、子どもの意欲は高まりません。「やらされている」と感じては、社会性の学びにはつながりにくいでしょう。
また、聴覚障がい児の特性を踏まえた遊びの工夫も必要です。例えば、手話を取り入れたゲームにしたり、ルールをわかりやすい絵カードで示したりするなど、視覚的な情報を多く取り入れることが有効です。
加えて、子ども同士の関わりが生まれやすい遊びを意識的に取り入れることも大切です。聴覚障がいのために、自然とコミュニケーションが生まれにくいこともあるでしょう。遊びの中に、子ども同士が協力したり、やりとりしたりする場面を作ることが求められます。
こうした視点を大切にしながら、一人一人に合った遊びを考えていくことが、聴覚障がい児の社会性発達につながるのです。
社会性発達を促す具体的な遊び
協調性を育むグループ遊び
聴覚障がい児の社会性を育む上で特に有効なのが、グループで行う遊びです。
その代表例が、「手話ゲーム」と呼ばれる遊びです。これは、手話を使ったゲームの総称で、様々なバリエーションがあります。
例えば、「手話リレー」。子どもたちを2つ以上のグループに分け、手話でメッセージを伝え合うゲームです。最初の子が手話で単語を表現し、次の子がそれを見て別の子に伝えていきます。正確に伝わったかどうかを競うゲームですね。
このゲームでは、手話表現の工夫が必要です。相手に伝わるよう、わかりやすい手話を考えなくてはなりません。また、グループの仲間と協力することも大切。メンバー同士の結束が勝敗を分けることになります。
こうした経験の積み重ねが、協調性の育ちををサポートするのです。
コミュニケーション力を高める遊び
聴覚障がい児のコミュニケーション力を高めるのに効果的なのが、「なりきり遊び」です。
これは、様々な役になりきって、その人物になったつもりで会話を楽しむ遊びです。例えば、お店屋さんごっこ。お店の人、お客さん、商品を配達する人など、様々な役割を演じ、やりとりを進めていきます。
子どもたちは、自分が演じる人物の気持ちを想像しながら、言葉を選んでいきます。相手の反応を見ながら、表現を工夫することも必要です。
このように、なりきり遊びには、コミュニケーション力を高める要素がたくさん詰まっています。聴覚障がいのある子どもたちも、遊びの中で、自然とコミュニケーションのスキルを学んでいけるのです。
創造力と表現力を育む遊び
聴覚障がい児の創造力と表現力を育むのに、私がおすすめしたいのが「ストーリー作り遊び」です。
これは、友だちと協力して、一つのお話を作り上げていく遊びです。絵カードを使うのも効果的。数枚の絵カードを子どもたちに配り、それらを使ってストーリーを考えてもらうのです。
聴覚障がいのある子どもたちの場合、イメージを言葉で伝えるのが難しいこともあります。でも、絵があれば、自分の頭の中にあるイメージを形にしやすくなります。
絵を手掛かりに、友だちと相談しながら、想像力を働かせてストーリーを作っていきます。完成したストーリーを、身振りや手話を交えて表現するのも楽しいですね。
こうした遊びは、子どもたちの創造力と表現力を存分に引き出してくれます。聴覚障がいの有無に関わらず、どの子にもおすすめしたい遊びです。
あん福祉会の取り組みに学ぶ
あん福祉会の聴覚障がい児支援の特徴
ここで、NPO法人あん福祉会の取り組みを参考に、聴覚障がい児支援のヒントを探ってみたいと思います。
あん福祉会は、主に精神障がいのある方の支援を行っている団体ですが、その理念や実践には、聴覚障がい児支援にも通じるものがあると感じています。
特に注目したいのが、あん福祉会の「当事者スタッフの配置」です。障がいのある当事者が、支援者として活躍しているのです。当事者ならではの経験や視点を活かし、利用者に寄り添った支援を行っています。
聴覚障がい児の支援においても、聴覚障がいのある大人の存在は大きいと思います。子どもたちにとって、同じ障がいを持つ大人は、身近なロールモデルになり得ます。「この人のようになりたい」と憧れを抱くことで、子どもたちの意欲も高まるでしょう。
また、聴覚障がいのある支援者は、子どもたちの気持ちを理解しやすいという利点もあります。「障がいがあるから、こんな思いをしているのかもしれない」と、想像力を働かせながら寄り添うことができるのです。
あん福祉会の取り組みは、障がい当事者の力を活かすことの重要性を教えてくれます。聴覚障がい児支援の現場にも、当事者の視点を積極的に取り入れていきたいですね。
遊びを取り入れた支援事例
さらに、あん福祉会では、利用者の声を丁寧に聞き取り、それを支援に活かす工夫を重ねています。
例えば、「地域の人たちともっと交流したい」という利用者の声から生まれたのが、地域交流スペース「カフェあん」だそうです。障がいの有無に関わらず、誰もが集える場として、地域に開かれた憩いの空間となっているのだとか。
これは、聴覚障がい児支援においても参考になる取り組みだと思います。聴覚障がいのある子どもたちが、地域の人々と自然に交流できる場があれば、社会性の発達にもつながるはず。
公園や児童館、図書館など、地域の様々な場所を活用しながら、聴覚障がいのある子どもたちと地域をつなぐ取り組みを考えてみるのも面白いかもしれません。
例えば、図書館で「手話おはなし会」を開催するのはどうでしょうか。聴覚障がいのある子どもたちが、手話で絵本の読み聞かせをする。地域の子どもたちにも参加してもらい、一緒に手話を学んだり、交流したりする。
こうした地域に開かれたイベントを通して、聴覚障がいのある子どもたちの社会参加を促していく。あん福祉会の実践は、そんな可能性を感じさせてくれます。
もちろん、こうした取り組みを進めるためには、地域の理解と協力が不可欠です。でも、あん福祉会の歩みを見ていると、障がいのある人もない人も、みんなで支え合える地域づくりは、決して不可能ではないんだと勇気づけられます。
聴覚障がい児支援においても、子どもたちの声に耳を傾け、地域とのつながりを大切にしながら、一歩一歩前に進んでいきたいと思います。
まとめ
聴覚障がい児の社会性発達を促すには、子ども一人一人に合った遊びを通した支援が欠かせません。
手話ゲームで協調性を、なりきり遊びでコミュニケーション力を、ストーリー作りで創造力と表現力を。遊びには、社会性を育む様々な要素が詰まっているのです。
そして、あん福祉会の取り組みからは、障がい当事者の力を活かすことの大切さと、地域とのつながりを大切にすることの重要性を学びました。
聴覚障がい児支援の現場にも、当事者の視点を積極的に取り入れていきたいですね。聴覚障がいのある大人が、子どもたちの身近なロールモデルとなり、寄り添い、支えていく。そんな支援の輪が広がっていけば、子どもたちの社会性発達にもきっと良い影響をもたらすはずです。
また、子どもたちが地域社会とつながり、自然に交流できる場を作っていくことも大切です。図書館での「手話おはなし会」のように、子どもたちの社会参加を促す取り組みを、地域の人々と協力しながら進めていく。そうした経験の積み重ねが、子どもたちの社会性を豊かに育んでいくのだと信じています。
聴覚障がいのある子どもたちが、生き生きと遊び、学び、成長していける社会を目指して。私たち一人一人ができることを、今日から始めてみませんか。
子どもたちの可能性を信じ、寄り添い続けること。それが何より大切なのだと、私は考えています。保護者の皆さま、支援者の皆さま、そして地域の皆さま。どうか、聴覚障がいのある子どもたちの成長を、共に支えていきましょう。
一人一人に合った遊びを通して、社会性の芽を育てていく。そんな営みを、みんなで支え合っていける社会でありますように。聴覚障がい児支援に関わるすべての人に、この思いを届けたいと思います。